猫とワタシ

PEARLの日記

今日はどんなうれしいことを発見するかしら?

この記事のみを表示するモンゴメリ再び

日記

自称”モンゴメリの追っかけ”梶原由佳さんの
講演ふたたび。日本人でこれほどモンゴメリに
詳しい方はいないと思うのに、はっきり
”モンゴメリ研究家”と言わないところが
由佳さんの奥ゆかしいところ。
今日の会場は池袋コミュニティカレッジ。

モンゴメリの後半の人生がテーマで
先週の講座と内容がかぶるところも
あるのだが、なんでしょう、何度聞いても
全く飽きるどころか新たな発見がある不思議。

モンゴメリの生活を知るに、その多忙ぶりが
本当に途方もない。
聞けば聞くほどパワフルですごい気力だと
思うのだけど、モンゴメリは決して
”スーパーウーマン”という感じではない。
もっと柔らかくて、もっとエレガントな
イメージだ。
そういうところにとても憧れる。
モンゴメリが今の時代に生きていたら
何を思い、どんな風に生きたであろうか?

写真を撮るのが好きだったモンゴメリ。
自身が撮影した写真も多く残っているのだが、
それを見ていたら、私の中ですっかり下火に
なっていた写真への情熱がちょっと戻って
きたみたい。
カメラを持って大好きな秋を撮りに行こうかな。

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この記事のみを表示する”わたしをつくるもの”を作る(10-3)

うましかて

今週はお天気もずーっと雨続きで
太陽が見えたのはたった一日だけ。
しかも秋を通り越して真冬の寒さ。
四季の中で秋が一番好きな私は、
秋らしいことを何もしないまま
冬になってしまったようでさみしい。



寒くてさみしい時にはやっぱり
温かい食べ物をおなかに入れるのが一番!
鍋でもおでんでも良かったけれど
作ったのはホワイトシチュー。
材料が全部家に有ったから。
今回は鮭入り。
すると石狩鍋が食べたくなった。
心の故郷が恋しくなって
またさみしくなった。
めんどうくさい奴だ(笑)




柿とアボカドのサラダ。
生姜ココア。

朝食もあったかいものが欲しい季節。
寒くなればなるほど生姜ココアが最高!
ピュアココア、甘酒、はちみつ、豆乳、
生姜のすりおろしを混ぜて火にかけるだけ。




豆乳ラッシー、茹でたまご、フルーツサラダ。




生姜ココアと柿モッツァレラ。
秋が好きな理由の一つは好きな果物が
多いせいもある。




あったか肉うどん。
食べながらテレビを見ていたら、
「豚肉とネギは秋バテ防止に最高の組み合わせ」
と言っていた。
秋バテはしていないつもりだけれど、
これ作ろうと思ったのは、無意識で
体が欲しているものを感知したから
だったりして。




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手紙


マキシマムカード 「グリーティング(ライフ・花)」


この記事のみを表示する曖昧な記憶

日記

今日のあるやりとり。

Mさん 「『青い城』持っていらしたら
     貸してくださらない?」
Iさん  「いいですよ。文庫本ありますから
     持ってきますね。」
私   「私、篠崎書林の『青い城』
     持ってますよ?」
Mさん 「篠崎書林の本は字が小さいから
     文庫の方がいいわ」
私   「え?そんなことないですよ。
     少なくとも文庫より字が小さいなんて
     ことはないと思いますけど。」
Mさん 「なに言ってるの、老眼では読むには
     辛い大きさよ」
私   「えぇぇ?!」


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『青い城』とはL.M.モンゴメリの小説である。
大好きで20代の頃に何度も繰り返し読んでいたが、
最近は本棚の奥にずーっとしまいっぱなし。
もう何年も読み返してはいない。
『青い城』は篠崎書林でのみ出版していたが、
今は角川文庫からも出ている。

一時期に比べ、文庫本の文字の大きさが
格段に大きくなったことは私だって知っている。
しかし篠崎書林の本は本そのものが
ハードカバーの一回り小さい、いわゆる
ソフトカバーの本ぐらいの大きさだし、
字が小さいなどという認識は全く無かった。
どちらかと言えば、子供向けの本みたいに
大きな字というイメージを抱いていたので
こう言われてかなり面食らったのである。
しかし、その時手元に本があるわけでは
なかったし、あんまり「小さい、小さい」と
言われて私も自信が無くなってしまったので
帰ってから確認することにした。

家に帰って、何年振りかに本棚の奥から
取り出し中を見て、唖然、愕然、呆然。

なにコレ?
マジこんまい。(← 北海道弁)

かつて子供向けみたいに大きいと
思っていた文字が本当にコレなの?
さらに言えば、それと同時期に読んでいた
文庫本は、老眼鏡を掛けているにも関わらず
腕を遠くに伸ばしてしまうほど小さい小さい
(敢えて二度言う)文字なのだった。

文庫本を貸すと言っていたIさんが
私に言ったことが頭を過ぎる。

「老眼の前と後ではねぇ、”大きさ”の
概念が変わるのよ。」

やれやれ。
ショックを受けた私は初めて、
老眼になる前と後ではまるで世界が
変わってしまったように感じたのだった。
ちょうど30分番組の間に挟まるCMの
前と後みたいに。
”若者と中高年の間(冷静と情熱の間風)”
みたいに。

あまりのショックに思わず一大事のように
書いてしまったが、よくよく考えると
超今更、どうでもいい話。
Mさんのお母さまがおっしゃるように

「確実に正しく歳をとっただけのこと。」



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手紙


小粋な手紙箱 #7




この記事のみを表示する吉田都 『バレリーナ 踊り続ける理由』

共感につぐ共感で、みるみるうちに
本が付箋でいっぱいになった。
吉田都さんが芸術家として得たもの、
信念、哲学、考え方、生き方は、
たとえ他の職業の人たちであっても
共感を得られるものだと思う。

耳の痛いこともたくさん書いてある(笑)

「四十代になり、先へ進もうと努力しないことは、
後退を意味するのです。」

「日常の中の小さな動作の積み重ねが
(中略)
結果としてその人らしさを作るのかもしれません」

勇気をもらえることもたくさん書いてある。
これほどの人でも人としての根本は自分と
同じと思える。
ただ何かを思った後でどう行動してきたかが
都さんを偉大なバレリーナとして世界中から
尊敬される人に至らしめた。

共感してそれからどうするのか、
が問われるのだと思った。



この記事のみを表示する昭和元禄落語心中のイベント

日記

家から徒歩圏内の場所で
「昭和元禄落語心中」のイベントが
あるという。
へぇ〜、と何も考えずに申し込んだが
抽選であった。
そのことがまずオドロキ。
そんなに人が来るのか?
で、当選。
あの石田彰さんの美声を間近で
聞けるチャンスを得たぞ。
よし!

まずはアニメのほんの一部を鑑賞し、
その後

原作者の雲田はるこさん、
主演声優の石田彰さん、
落語家の立川志らく師匠、

このお三方のトークショー。
これが面白過ぎた。
色々話した中で私は落語に感情は
要らないという話が興味深かった。

「大抵役者さんが落語をすると
感情移入してしまうので
落語としてはてんでダメな出来に
なってしまう。
落語家は演じ分けは基本声のトーンでする。
感情を入れるのはほんの一瞬。」

と志らく師匠。
石田さんがそれは演じるにあたり
一番の悩みどころであり、結局最後まで
分からなかった部分でもあると、ご自分の
言葉でその内容について言及すると
志らく師匠は心から感心したように
目を丸くして

「石田さん、あんた天才だね!」

ちなみに石田さんの江戸言葉の
イントネーションは完璧らしい。
下手な人はヤンキー言葉になって
しまうのだとか。

「落語家なんて、アニメや漫画に描かれている
ようなかっこいいもんじゃないですよ。
けれど、本来あるべき落語家のイメージを
世間に思い出させてくれた。
笑点に出るために落語家は汗水垂らしている
という誤解を解いてくれた功績は大きい。」

雲田はるこさんはニコニコしながら
楽しそうに二人のやりとりを聞いていて
時々会話に加わる。

志らく師匠の軽快な楽しいおしゃべりに
石田さんの美声が混ざり合い、
時々雲田さんのホッとするような
一言が聞かれて、会場が笑いに包まれる。
なんだかアットホーム。
ずーっと聞いていても飽きないかも
しれないなぁ、なんて思うぐらい
楽しいトークショーだった。

今日はこれを含め二つの
充実感たっぷりなトークショーを
聞いたのだが両方とも無料だった。
なんと贅沢。
こういう価値あるトークには
お金を払いたいと思う私である。






この記事のみを表示する村岡花子記念講座

日記

東洋英和女学院で開講された
村岡花子記念講座を聴きに行った。
今日のテーマは

「カナダと日本をつなぐ『赤毛のアン』
〜 作者 L.M.モンゴメリの旅路 〜」

講師は我らが梶原由佳さん。
由佳さんはトロント在住のモンゴメリ研究家で
著書に
「『赤毛のアン』を書きたくなかったモンゴメリ」
がある。
1999年にトロントに行った時、モンゴメリ
ゆかりの地を色々と案内してくださったのだが、
私が行った海外旅行の中でも最も印象深い旅の
一つである。

今日の講座の内容は、モンゴメリの生涯を
様々な写真を見ながら振り返るというもの。
その中にはモンゴメリ自身が写したという
写真も多数有った。
私にとってはすでに聞き及んでいる内容であったが、
由佳さんの話術が巧みで面白く、そして最後の方は
すっかり心を動かされ、感じ入ってしまったのだった。

モンゴメリが好きと言っても、普段の生活では
それほどその世界観に浸っているわけではない
私が、大好きな尊敬する一人の女性としての
モンゴメリを、やっぱり心を揺さぶる大きな
存在だと再確認したからだった。

モンゴメリの日記を読むと、あの明るく楽しく
面白い「赤毛のアン」を書いた人とは思えない
ほど、辛そうな薄幸とも思える日々だ。
けれど、それはモンゴメリの一側面にすぎない。
繊細で感受性豊かな人だから、日記に書かれる
感情的な部分もより激しいし、日記はあくまで
主観的なものだ。

愛はなくても人柄の良い夫と結婚し、
二人の男の子を育て、あらゆる家事と育児を
完璧にこなしながら牧師夫人としての
仕事と執筆に追われる目紛しい毎日。
モンゴメリのこうした日常を聞くたびに
1日は24時間で済んでいたのだろうか?
と本気で思ってしまうほどで、スーパー主婦の
一面にはただただ驚かされる。

しかし、晩年に近づくに連れ、様々なことに
悩まされていく姿は痛ましいほどで、
字面だけを見てしまえば、”苦悩と困難”の
ような印象になってしまうだろう。
一方でモンゴメリは日記に自分の感情を
吐き出し、小説を書くことで非現実の世界を
見出していた。そこは何者をも邪魔することの
できない羽が生えたように魂が自由になれる
唯一の場所であったことは明らかである。
その魂から生まれたものが「赤毛のアン」を
はじめとする数々の物語。
ご本人がそう捉えていたかどうかは
分からないけれど、書かずにはいられなかった
そのことこそ「使命」。自分の内から湧いて
出てくる使命感が有ったに違いないと思う。

人の人生にある陰と陽。
陰に飲み込まれそうになりながら
陽を必死に守るために戦っているように
思えて”命を燃やして生きる”モンゴメリの
姿が想像できるようだった。
どんなに辛い現実の中に在っても
魂の輝きが失われることはないと
教えてくれているような気がするのだ。
私はそんなモンゴメリの生き方が好き。
だから何度聞いても尊敬の気持ちが溢れて
止まらなくなる。
由佳さんの優しい語り口と映し出される
写真を見ていたら、そんな風に思い、
改めて感動したのだった。


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赤毛のアンのFDC







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『マキシマムカード 「国際文通週間にちなむ郵便切手」』