猫とワタシ

PEARLの日記

今日はどんなうれしいことを発見するかしら?

この記事のみを表示するこれだけで、幸せ

誕生日に友人がプレゼントしてくれた本。

小川糸さんが書く小説の、ほのぼのしているのに
しっかり芯が通っていて、読んでいると背筋が
ピンと伸びるようなあの雰囲気はどこから来るのか、
これを読むことで少し理解できたような気がした。

愛情を注ぐにふさわしいモノだけに囲まれた、
素朴で、でもセンスのいい暮らしぶり。
背伸びせず、自然体で居心地良くいられる
暮らしの空間。
それを保つには努力が必要だと知っていて、
その努力を楽しみ惜しまない。

私も自分の生活の中で、モノをこれ以上
増やしたくないと思いながら、最近あるモノに
心を乱されていたのだけれど、これを読んで、
すとんと気持ちが落ち着いた。
何かを買う前にいつも小川さんの言葉を
思い出せたらいい。

「ものを使うことは、ものに対して
責任を持つということ。」

「大切にしたいのは、そのものとともにする
「歴史」です」

「出合うまでのストーリーがある愛用品が
少しづつ増えていくことが、年齢を重ねる
楽しみなのだとも思います。」



この記事のみを表示する向田邦子の陽射し

「心の底から好き」をこれだけ明確に
言葉にできることが羨ましくもある。
どんなに慎重に言葉を選んだとしても、
止めどなく溢れ出る向田さんへの、
向田作品への愛情はどうしようもない。
手放しで思う存分に語ることができる
幸せに満ちた表情が思い浮かび、
その気持ちは読み手の心に伝染してくるようだ。

そして半分は、太田さんの解説を読んでから
向田さんの作品を読むことになるのだが、
いちだんと冴え渡り迫力に満ちたと
感じられる文章が突き刺さってくるような
感覚になるのだった。

向田作品は20代〜30代の頃に何度も
読んでいたものだが、最近は遠ざかっていた。
今読んだらまた違う印象を受けるかもしれないと
再読したい気持ちになった。


この記事のみを表示する初版本

今日はバターカップスの発送会。
メンバーの一人が「エミリーの求めるもの」の
初版本を持参してくださいました。


IMG_0372_Fotor.jpg

およそ100年前のその本にはなんと作者L.M.モンゴメリの
直筆メッセージとサインがしてあるのです。

IMG_0369_Fotor.jpg

今までにもモンゴメリの直筆のサインは
見たことがありますが、だいたい
ガラスケース越しに目にすることがほとんど。

「触ってもいい?」
と聞いたら
「どうぞどうぞ」
と仰ってくださったので
L.M.Montgomery Macdonaldの文字の上を
指でそっとなぞってみました。

手、手が震えました〜!!!

これで数年分の厄が落ちた気がする。
手書きの文字は時空を超えて伝えられるものが
あると信じられる瞬間。
あぁ、素晴らしい。







この記事のみを表示する坂木司 『和菓子のアン』

タイトルを見て「赤毛のアン」と何か関係が
あるのかなぁと思ったけれど、それについては
たったの一行ぐらいなもんだった。

しかし、この小説自体がとてもとても面白い。

大福のようにふっくらした外見の主人公が
デパ地下の和菓子屋さんで働く話。

個性的な先輩や同僚や和菓子職人たちとお客様が
和菓子を通して繰り広げるエピソードの一つ一つが
何しろ面白い。

秘めた心は、和菓子が持つ歴史や背景、言い伝え、
謎解き、言葉遊びが少しづつ少しづつ導き出していく。
全てが明らかになる時の爽快感とあの心が温まる感覚。
あぁ、世の中捨てたもんじゃないな、と思わせる。

文体は漫画みたいに軽快だけれど、和菓子の世界観を
使って奥深いストーリーになっているところに感嘆する。



この記事のみを表示する奇跡の脳

脳卒中になり、左脳の機能が停止して
右脳だけの世界を体験した脳科学者
ジル・ボルト・テイラーの実体験に基づく
奇跡的に再起するまでの話。
あとがきで茂木健一郎さんが
”十年に一度の良書”と書いていたが
全く同感である。
もっと早くこの本に出会いたかった
というのが正直な感想だ。

右脳と左脳の役割について、ここ1、2年で
私なりに色々と学んできたところだったが、
この本がさらにその理解を深めてくれた
ように感じる。
この本を読んでいる間、様々なことを
感じたり思ったり考えたりした。
いつも以上に脳が活性化しているようにも
思えたし、感覚が鋭くなっているようにも
感じた。何より強く響いてきたのは、
著者の並々ならぬ力強い生命力、どんな
場合にも途絶えることのない好奇心と情熱、
深い人間に対する愛情である。
そして、いつもの読書と違っていたことは、
読んでいる間中、この私の脳までが喜んで
いるような、ジルの言葉を通して私自身の
自己肯定感がどんどん高まっていくような
気がしたことだった。

右脳と左脳の話になる時、誰もが右脳マインドの
素晴らしさを語り、私はそのたびになんとなく
左脳が悪者みたいに思えてくるのがいつも
苦しかった(まさに左脳の成せるわざ)。
けれど、ジルはそこにもきちんと触れていて、
私は納得し、安心感を得たのだった。
確かに左脳にはともすれば幸福感を失わせてしまう
働きがあるけれど、私は左脳の物語作家としての
働きが有り難くて嬉しいのだ。私が好きな言葉の
世界は左脳なしには成り立たないのだから。
そして思ったのは、私がとりわけ好きなことである
手紙を書くときに感じる幸福感のわけ。
それはたぶん、右脳と左脳のバランスが一番
理想的な状態になるからではないだろうか。
右脳で感じていることを左脳が言葉に表す。
右脳と左脳がお互いに手を取り合って仲良く
喜びを共有しているような、そんなイメージ。
左脳が紡ぐ言葉を読んで右脳が喜ぶ時、私は
一種の幸福感を味わうのだと思う。

最後に、病名は違うけれど脳の病気で亡くなった
父のことを思った。
父が脳のどこを損傷したのかは覚えていない。
あの頃は脳のことなど全く知らなかったから。
でも、倒れて死ぬまで意思疎通が全く
できなかったことを思うと、せめて父は
ジルのようにニルヴァーナを感じ、
圧倒的幸福感を味わっていたに違いないと
思いたい。