猫とワタシ

PEARLの日記

今日はどんなうれしいことを発見するかしら?

この記事のみを表示する安全地帯のコンサート

音楽

知り合いに誘われて安全地帯のコンサートへ参戦。

最近はコンサートと言えば嵐のコンサートしか行っていないので
とても大人のロック・コンサートという感じが新鮮だった。
参戦している人たちの年齢層が高いこと!

始まりから数曲はノリのいい曲が続き、その後安全地帯の5人が
ステージの真ん中に椅子を持って集まり半円になって座り、
玉置さんが挨拶する。

「今のところは何の問題もなく・・・ね、今日は非常にいい感じです!」

と言うと会場は大爆笑。
そして、おもむろに自分の現状を語りだした。
たぶんこういうことは誰でも、特に歌を生業として表舞台に立っている
人なら尚更、人には言いたくないことに違いないと感じる内容だったけれど、
まぁ、色々有った後だし、ファンの人たちへの精一杯の気遣いとして
素直に話してくれたことが、彼らとファンの間の距離をグッと縮めたような
そんな気がした。

その後は、珠玉のバラード・ラインナップ。
まずは「ワインレッドの心」
続いて「恋の予感」。
なんかもう・・・言葉にならないほどの名曲なのよね。
これ聴くことが出来だだけでも今日来た甲斐が有ったとしみじみ思える。
そして、バラードはまだまだ続き、どれをとってもとにかく歌がいい。
上手い。
聴かせる。
聞き惚れる。
気付いたら涙が止まらなくなっている。

なんて歌に説得力が有るのだろう。
詩がいいから?
歌唱力があるから?
それだけじゃない。
やさしい。
あたたかい。
歌う歓び。
心から。
何より歌が生きてるって感じがする。

あんなことが有った後だし、大して期待もしていなかったのだが、
とにかく言えるのは、安全地帯のコンサートは間違いなくオススメ。

(ただし、あまり言いたくもないのだが、青田典子を登場させる
演出は全くもって本当に余計だった。あの美しい涙もののバラードを
聴かせた直後にあれは無い。)

この記事のみを表示する神戸出張

日記

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今日は神戸で試飲会。
天気の悪い東京を離れ、神戸に近付くに連れて青空に。
一日立ちっぱなしで足が痛くなったけれど、事務所にいたら
大忙し間違いなしだったから、外に出られていい気分転換に
なったかな?

この記事のみを表示する季節感が・・・

日記

よく降るなぁ~、雨。
そして寒い。
一気に冬に近付いた感じがする。
電車に乗ると色々な格好の人がいて面白い。
まだ半袖の人がいて、その横にはコート着て
マフラーまでしている人がいたり、季節感まるでバラバラ。
私はブラウスにスカーフ巻いて会社に行く。
外を歩く時間はほんの僅かだし、
混雑した電車の中は思いのほか暑いから。
でも、今日はさすがに上着が必要だったかな。

大好きなスカーフの季節到来。
明日は何を着ようかなぁ・・・。

この記事のみを表示するメリハリとバランス

日記

今日は決算の最終締め日。
営業事務サイドの膨大な作業量を無視して管理部が勝手に決めた
無謀なスケジュールにぶーぶーと文句を言いつつも、何とか全ての
作業を期日までに終了。ホッとしている。
やればできるじゃないか、などと無神経なことを言う人がいたら
その場でキレる。間違いなく。
そのぐらいの気合で仕事した数週間だった。

でもその間に嵐のコンサートが有って超幸せな気分を味わったり
友達と楽しく過ごしたり、おいしいものを食べに行ったりもして、
私自身は身も心も元気に満ち溢れている。
メリハリが効いてバランスが取れているってこういうこと
なのだろう。

リフレッシュは大事。先々に楽しみを作って生活することの
大切さを切実に感じるこの頃である。
嵐が終わった今、秋冬にかけて私の次の楽しみは何?
それはもう見つけていて、それはもう楽しみで。

何かを待つという楽しみを味わう日々は既に始まっている。

この記事のみを表示する暑気払い

日記

四季亭1

暑気払いっていうのは、7~8月にするもので少なくとも9月に
するものじゃないと思うけれど、まぁ、残暑払いということで母と
二人で小平にある四季亭で食事をする。

四季亭2

四季亭3

四季亭4

メニューはすっかり秋である。
今日頂いたのは、とりわけ”秋”極めつけの「松茸コース」。
紅葉の葉っぱが飾りに使われていたりして、すっかり秋満開な
感じだが、いまいち季節感がずれているような気がするのは
どうにも仕方が無い。
外は36度のカンカン照りなのだから。

いつまでこの猛暑が続くのか分からないし、今年の秋は一瞬で終わる
という噂だから、こんな風に食べ物で秋を感じるのは大事なことかも
しれない。本当は今の季節は「秋」の始めであることを忘れないためにも。
日本は四季がはっきりしているところが良いところだと思うのに、
これからはそういうわけにはいかなくなっていくのだろうか。
そんなのつまらないなぁ。異常気象は今年だけにして欲しい。

この記事のみを表示するMAO'S LAST DANCER

映画

函館から大学時代の友達が上京してきた。
映画好きの彼女に
「何か観る?」
と聞くと
「函館ではやらなそうなやつ」
と言うので、それはどうか分からないけれど観たい映画があるから
付き合ってと『
小さな村の小さなダンサー』を観に行く。

なかなか面白かった。
思った以上にバレエのシーンも多く、見応えある映画だったと思う。

いきなり余談だが、カイル・マクラクラン、久々に見たなぁ。
それに主人公のお母さん役の人、どこかで見覚えある人だなぁと思い、
調べてみたら、そうか、「ツインピークス」で見たのね。懐かしすぎる。
偶然「ツインピークス」の出演者が二人もこの映画に出ているとは・・・。

それにしてもあの時代の中国でバレエを踊る人は、どんなモチベーションで
厳しいレッスンに耐えるのだろう。あるべき姿、理想像というものは、
バレエを踊る場合でさえ常に共産的思想に基づいているわけで、感覚的に
理解するのは難しい。
例えば日本でバレエを踊るときには、習い事として始めて才能が開花すれば
海外に出る。テレビや舞台で理想とするダンサーの踊りを見てそれを
目標にしたり、自分の理想的なダンサー像を描きながら努力・精進していくけれど
この時代の中国では少なくともバレエを始めるのは自分の意志ではなく、
バレエが何なのかも知らず、見たこともないままに踊らされるという事実。
しかも自分のために踊るのではなく、そこには家族を代表して、村を代表して、
国を代表して・・・と背負うものの大きさが信じ難いほどである。だから何よりも
感性を大切にするバレエダンサーが精神的に苦悩するのは分かる気がする。
結局この主人公は自分の意志でバレエを始めたわけではないけれど、幸いなことに
バレエが心から好きということだけははっきりしていたのだろうと思う。
そうでなければあんなプレッシャーに耐えて生きられるとは思えない。
ソ連時代に有名なバレエダンサーが何人もアメリカやヨーロッパに亡命したけれど、
その覚悟たるもののすさまじさ。残された家族のおかれる状況を知ってもなお亡命
という道を選ぶ人間の真の意志の強さというものを感じる。生涯続くと思われる心が
引き裂かれる思いを抱えて踊るとはどんなものだろう。

けれど誠に有り難いことに時代は変わる。
ラストに向かって涙無しで見ることは不可能だ。

この記事のみを表示するARASHI "Scene" ~ 君と僕の見ている風景 ~

アラシゴト

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さすがに出勤時間には出会わないだろうと思ったが、地下鉄の中にちゃんといた。
見る人が見れば分かる運命共同体の人。
16時まで仕事。フレックスを使って早退する。
隣の席の子が言う。
「Pearlさん、もうすぐですね。」
「Pearlさん、あと一時間ですね。」
「Pearlさん、いよいよですね。」
私としては必死に抑えていたつもりだったのだが、抑えきれないソワソワを
醸し出していることは誰の目にも明らかだったらしく、
「何だか私までそわそわしてきました。」
とソワソワが隣の子にまで乗り移った様子。
理解有る同僚たちに見送られて退社。
ほぼ半分以上が嵐ファンだと分かる大江戸線の車両に乗り、国立競技場へ。

今回、古参の嵐友のお陰(?)で席が抜群に良かった。
スタンド席の一番前。
初めてテレビモニターより大きくて等身大の嵐さんたちが見られるのだわ、
と席に着くなり一段とテンションが上がる。
コンサートは17時半キッカリに始まった。
ハイライトはどこだろう。選ぶのが本当に難しいぐらい見どころ満載。

それぞれのソロがどれもこれも凄く良かった。
”アンアン”を彷彿とさせる翔くんのソロ
サービス精神旺盛で洗練された潤くんのソロも良かった。MJウォークが
見られたのには感激。
マックス相葉ちゃんの楽しいソロも、話題の「イエーイ」も聞けた。
それに何といってもため息ものの美声を聴かせる大野くんのソロ。

後半の正面からセンターステージへバリバリ踊りながら移動していく
ところも見応えが有ったし、そこからMonsterへ繋がっていく部分は
最高にカッコ良い。(DVDで繰り返し見たい。)

最後の挨拶はニノが一番良かったなぁ。ジーンとしたものね。


そして・・・
その幸せな瞬間はかなり前半の「A DAY IN OUR LIFE」で訪れた。

ムービング・ステージに乗って右手奥から彼がやってくる。
目の前に止まって(私を)見下ろす大野くん。
普段は大野くんとかリーダーとか智くんと呼んでいるくせに気付けば
「さとし~!」
と呼び捨てで絶叫し、必死になってウチワを振る(私の方を)じーっと
見ながら手で「さ・と・し」と手話みたいなことをするチャーミングな人。

後で冷静に考えると、私の後ろには智くんファンの人がいて、
私の隣の隣には怪物くんの帽子をかぶった子供がいるという状態で
智くんが誰を見ていたのかは定かではないと自信をなくす私に
隣にいた嵐友が力強く言う。

「あれは、絶対に、間違いなく、Pearlさんを見ていたよ!」

そう、これって妖精を信じるのと一緒だよね。信じられさえすれば
本当に存在するかどうかは問題ではないっていう・・・例えが伝わりづらい?
でもこれ、少なくとも同類なら分かってくれると思うんだけど。
だから私はそう信じているの。実際目が合ったしね。(ハイ、聞き流して~)

でも、今日改めてつくづく思った。
何に幸せを見出すかは人それぞれでしょう?
だったら、いい年して何にうつつ抜かしてるんだか・・・とか
何夢みたいなことを言っているのかと、この日記を読んで思う人は沢山いる
だろうけれど、あの、目に焼き付いて離れないやさしく見下ろすリーダーの
笑顔を思い出すだけで、これだけ幸せな気分を味わえるのなら、
それはもう何であろうと味わったもん勝ちじゃないのかなってね。

ARASHI サイコー!
大好き。
ありがとう!