猫とワタシ

PEARLの日記

今日はどんなうれしいことを発見するかしら?

この記事のみを表示する原田マハ 『生きるぼくら』

感動の内に読了。
引き籠りの男の子が自分の力で生きて行かなくては
ならない状態に否応なく放り込まれて本当の人生が
動き出す物語。
ちょっと荒療治だけれど、そのぐらいショッキングな
ことがなくては再生出来ないこともある。
でも必ず手を差し伸べてくれる人がいるのも世の常。
全ては自分次第、けれど決して一人きりではない。
「生きるぼくら」の意味を噛みしめる主人公が眩しい。
厳しい自然の中で暮らすことによって自分の中にも
人の中にも希望を見出していく物語。

”自然と、命と、自分たちと。
 みんな引っくるめて、 生きるぼくら。
 そんな気分になるんだ”


最近、微生物の存在を身近に感じている私としては、
「生きるぼくら」という表現はとても意味深いものに思える。
お米の花が咲いているところを見てみたい。
頭を垂れる金色の稲穂の景色を見たい。
田舎暮らしを楽しんでいる友人に会いに行きたくなった。



この記事のみを表示する楽しさの中の物足りなさ

手紙

今日はいわさきちひろの切手発売日。
折角なので、上井草のいわさきちひろ美術館へ行き
まずはポストカードを入手。
午後は京橋郵便局へ赴き初日印を押印してもらった。
今回のマキシマムカードはカード、切手、記念印ともに
絵柄がバラバラだけれど、冬のピリッとした空気感が
表現出来ている気がして私的には満足した。


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ちひろさんの絵を沢山見ていたら、著書『ラブレター』を
読みたくなって帰宅するなり本棚から引っ張り出して
読み始めた。特に一番最後の「大人になること」の章が
好きでその部分はこれまでにも何度も読み返し、
その度に初めて読んだ時と同じ感動を味わう。
今回まるで衝動のように再読したのもそうする必要が
あったからなのだと思う。楽しさの中に物足りなさを
僅かに感じている今の私に。

「 でも自分のやりかけた仕事を一歩ずつたゆみなく
進んでいくのが、不思議なことだけれどこの世の生き
甲斐なのです。若かったころ、たのしく遊んでいながら、
ふと空しさが風のように心をよぎっていくことがありました。
親からちゃんと愛されているのに、親たちの小さな欠点が
見えてゆるせなかったこともありました。
 いま私はちょうど逆の立場になって、私の若いときに
よく似た欠点だらけの息子を愛し、めんどうな夫がたいせつで、
半身不随の病気の母にできるだけのことをしたいのです。
 これはきっと私が自分の力でこの世をわたっていく大人に
なったせいだと思うのです。大人というものはどんなに
苦労が多くても、自分のほうから人を愛していける人間に
なることなんだと思います。」






この記事のみを表示するアフタヌーン・ティ

うましかて

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誕生日が一日違いの友達と憧れのマンダリンオリエンタル
ホテルのラウンジでアフタヌーン・ティー♡
でもちょっと思っていたのと違っていた。
以前はもっとそれこそオリエンタル風なアフタヌーン・ティー
だったと聞いていたのだが意外と普通。
ラウンジの方に聞いてみると、数年前からクラシックなものに
切り替えたのだとか。うーん、前の方がこのホテル独自の
個性が光っていて良かった気がする。

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そして、年々甘い物が量多く食べられなくなってきたことは
実感としてあったけれど、それはますます顕著になっている事を実感。
下の二皿はいけるけど、一番上のスイーツは正直食べるのが
キツかった。美味しいのだけれどもっともっと少量で十分なのだ。
アフタヌーン・ティーの量でキツく感じるなんて以前の私からは
考えられない事態である(涙)。
そして一番上はおかきと和菓子にして欲しいなどと考えていること
自体がもはや哀しい。

しかし、雰囲気抜群で素晴らしいロケーション。
たまにはこういうところでお上品に過ごすのも悪くない。

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この記事のみを表示するL.M.モンゴメリ 『パットお嬢さん』 より

PEARL

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「三つのやさしきよきことあり、
ここにいること、
いっしょにいること、
お互いをよくおもうこと。」


この記事のみを表示するうどんすき

日記

今朝の夢。
ディーン・フジオカとオシャベリしていて
「日本の芸能界が不自由だからってすぐ海外に
行っちゃわないでね。」
と言うと迫ってきたので
「私はベッキーにはなれないわ。」
と答えている夢。
目覚めた時、迫られて嬉しかったことより、
最近のテレビにかなり毒されているなということの
実感の方が強い残念な夢だった。。。

気を取り直して出掛ける。
今日は毎年恒例、美々卯の新年会。
うどんすきは年に一度、この新年会の時にしか食べることは
まずないのだけれど、今日もお出汁が香り高くて美味~。
アツアツをハフハフしながら味わった。






この記事のみを表示するイングリッシュ・ガーデン 世界に集う花々

アート

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汐留ミュージアムで開催中のイングリッシュ・ガーデン展を
観に行った。
イギリスの世界遺産でもあるキュー王室植物園が
所蔵するボタニカル・アートの展覧会である。
何と言うか、感性の問題なのか、庭の広さの問題なのか
ダイナミックで大胆な花ばかり。
確かにイギリスへ行って見る分には良いかもしれないのだが、
例えば自分の家にそれなりの広さの庭があるとして
こんな風にしたい、という考えにはならないだろう。
美しいのだが・・・癒されはしない。

以前マグノリア(泰山木)の花を生けて部屋に飾ることについて、
あんな大きくて香りのキツイ花を生けるという感覚は
日本人にはなかなか無い感覚ではないか云々というような
ことを日記に書いたのだが、たまたま今日会った友人が
先日BSで放送されたアガサ・クリスティの紀行番組で
アガサ・クリスティが実際に庭のマグノリアを切っている
場面があったと言っており、やはり欧米の人たちにとっては
ごく当たり前のことに違いないと話していた。

この展覧会にも泰山木の絵があったが(蕾だったけれど)、
他に描かれている花々も大胆な系統の花が多かったので
違和感が無く、欧米ではこういう色も形も大きさもはっきりと
したダイナミックなものが好まれ、花に可憐さや儚さを
求めているわけではないだと確信したのだった。
もっと細かく調べてみれば、好まれる花の系統は
もしかすると国によってそれぞれ違うのかもしれない。
もし、そうなら面白い。

(参照:
マグノリアの謎




この記事のみを表示する初めて!

手紙

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Postcard crossing、受け取る方の初めては
オーストラリアからだった。
しかも、葉書じゃなくて封筒で届き、開けてみると
こんな素敵な内容でもう大感激!
「リーズの結婚」の葉書もオーストラリアバレエ50周年の
FDCの封筒も超嬉しい♡♡♡
このワクワクはクセになりそう。


この記事のみを表示する「眠れる森の美女」 谷桃子バレエ団

バレエ



舘形さんのカラボスが観たくて、谷桃子バレエ団の
「眠れる森の美女」を鑑賞。本日千秋楽。
良く考えてみると谷桃子バレエ団の公演を観るのは
なんとこれが初めてである。
ダンサーも殆ど知らない人ばかりだな、と思いながら
キャスト表を眺めていたが、懐かしい名前発見!

王妃役の尾本安代さん。

「バレエ入門」のあの方よね。
いやぁ、お懐かしい。あの本にはお世話になりました。
ちなみにパッセのことをルチレということもこの本で知った。

バレエ入門 

もうお一方懐かしい方のお名前が・・・。

監修 イリーナ・コルパコワ。

うわぁ、うわぁ、どうしよう。嬉しい。
私のバレエ初体験は6歳とか7歳とかその頃に観た
レニングラード国立バレエ団の札幌公演。
演目は「眠れる森の美女」でその時オーロラ姫を
踊ったのがコルパコワなのだ。
ちなみにデジレ王子はユーリ・ソロヴィヨフであった。
その時のコルパコワの姿は脳裏に焼き付いており
今でも鮮やかに思い出す事が出来る。きっと頭がボケても
思い出せることの一つだと思う。
最後のカーテンコールでお姿拝見出来るかと期待したが
現れなくて残念。

それで肝心の公演だが、主演の二人は優れたテクニックを
持つ若いぴちぴちした二人だった。

オーロラ姫 佐藤麻里香
デジレ王子 山科諒馬。

演出に何となく懐かしさを覚えるのはロシアの振付家

だからであろうか。
今回訳有って5階席の一番後ろの真ん中で
観ていたのだが、コールドがピッタリ揃って
美しいのなんの。あんな風に合わせるの、
どれだけの練習をするのだろうかと思う。
目当ての舘形さんのなりきりカラボスは本当に格好良くて
もっと出番増やして欲しいと思うぐらい。
楽しんでるなぁ、と思った。
唯一オーケストラは残念だったけれど、全体的にとても
楽しめた公演だった。

東京文化会館
C席 4階3列20番





この記事のみを表示する鶏のカレー風味煮

うましかて

普段はひたすら簡単に出来る料理ばかりを
作っているが、たまには時間をたっぷり掛けて
料理でも作ろうかと。
玉葱が飴色になるまで炒めるところから。
手間掛ってるだけあって美味しく出来た\(^o^)/




この記事のみを表示する正しい日本語

日記

用が有ってauショップに行くと怒号が轟いていた。
外国人の女性が怒り心頭の様子。
誰かが怒鳴っているシーンを見たり、その場にいるのは
正直苦手だが、こちらも用事を済まさないといけないので、
仕方なく待つこと30分。
怒りの会話はいやでも耳に入ってくるのだが、
しばらくして「あれ?」と思った。
その外国人の女性が話している日本語がとても全うなもの
だったからである。理路整然としていることはもちろん、
滑舌が良い上に、てにおはも使う単語も日本語がとにかく正しい。
一緒にいる付添と思われる日本人の男性よりうまいのではないかと
思うほどである。
そして正しく真っ直ぐな日本語で言葉を尽くすことによる
迫力がいかにスゴイものかを見た気がした。
最初はいやだなぁ、と思っていたのに聞いているうちに
その方の日本語に圧倒され、聞き惚れている自分がいるのだった。
こんな体験は初めて。