猫とワタシ

PEARLの日記

今日はどんなうれしいことを発見するかしら?

この記事のみを表示する予祝

日記

今日は楽読のレッスンで「予祝」という
言葉を教えてもらった。

「予祝」とはその字の通り「先に祝う」こと。
日本人は昔からお花見をする習慣があるが、
美しく咲いた桜の花を愛でるほかに、
もう一つ大事な意味があった。
それは、桜の花を実った作物に見立てて
今年の豊作を願うということ。
願っていたという言い方は正しくない。

「豊作になることを信じて先に祝っていた」

というのが正しい。
つまり日本人は昔から「予祝」することで
願いを引き寄せ現実化させていたのだという。
言霊 + 行動でさらにパワーアップ。

今日のレッスンでは1年後、5年後の
こうなっていたらいいなと思う自分を
想像して「予祝」するというものだった。
未来のことは普段あまり考えないので、
そのときはあまり思いつかないなぁ、
なんて思いながら、こう言っていた。

「まわりの人たちを安心させたい。」

楽読では本音でしか話せない状況を
意図的に作るので、予想しないことが
口から出ることもたまにあるのだが、
この発言には自分でも驚いてしまった。
私はやっぱり家族や友人たちを
心配させているという負い目が
想像以上に強く自分の中にあるんだなぁ。
けれど思うに、他人にも心配を掛けている
かもしれないが、どちらかと言えば
自分が自分に安心しきれていない
ということなのだろうね。
まだ自分を信じ切れていない。
今年に入ってからず~っとそこに
向き合ってきて修正中。
かなりいい感じになってきたと
自分では思っているけれど、私の意識は
まだまだと感じているようだ。
それともいつもの思考癖で、
もうなっているのに出来ていないと
思っているだけなのか?
あぁ、そっちか・・・(苦笑)。

けれど今日、はからずも「予祝」したので
すぐにそうなるわね~。
いやもうなってる・・・ことにしようっと。

「予祝」

いい言葉だなぁ。
レッスンが終わってから、
なりたい自分について
こんなのあった、あんなのあったって
いっぱい出てきた。
今からたくさん「予祝」することがあって
嬉しいな~♪
なりたい自分がいるということは、
自分に希望が持てるということでしょ。
これって相当嬉しいことだよね。


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この記事のみを表示するお手紙ブログを更新しました。

手紙


新宿馬場下郵便局




この記事のみを表示するBande a part 『はなればなれに』

映画

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1964年のフランス映画 『はなればなれに』 を観た。
ジャン・リュック・ゴダール監督・脚本。
コメディのような、ミュージカルのような、
サスペンスのような、とにかく色々な要素が
てんこもりの映画だった。
このストーリーを面白いと思うかどうかは
さておき、映画の中の登場人物が皆自由人。
自由過ぎてたまに意味不明。

「フランツは冷静で夢中。
熱に浮かされている。」

こんな矛盾に満ちた日本語訳も
違和感無く成立。
ミシェル・ルグランの音楽も良いし、
ファッションもインテリアも全体的に
とにかく洒落ているから物語が多少
つまらなくても見ていて楽しい。

ゴダールの映画のことは詳しくないが、
タランティーノやヴェンダースといった
大物映画監督たちがとても影響を
受けた映画なのだとか。
どこかで見たような感じを受けるのは
そのせいかもしれない。


@早稲田松竹



この記事のみを表示するブリューゲル 「バベルの塔」 展

アート

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東京都美術館で開催中の
ブリューゲル 「バベルの塔」 展』を
観に行った。

「バベルの塔」と言えば”超能力少年”しか
思い浮かばないお粗末な私だが、
この絵は本物でしか味わえない迫力に
満ちていて、見て良かったと思った。
最初は想像していたより随分と小さな絵だと
いう印象を受けたけれど、描かれている全てが、
信じ難い細かさで圧倒される。
あの筆舌に尽くし難い細やかさによって、
小ぶりなサイズにもかかわらず、
膨大なエネルギーと輝きを放っているのも
頷けるというものだ。

ほかにも宗教画やちょっとユーモラスな版画など
飽きさせない見応えのある展覧会だったが、
どうにもあの混雑がねぇ・・・。
今日はそれでもだいぶ空いていた方らしいが、
絵に容易に近付けないと私の鑑賞意欲が
半減してしまうのが困りものである。




この記事のみを表示する絶景とファンタジーの島 アイルランドへ

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ダブリン在住の私の友人の著書
「絶景とファンタジーの島 アイルランドへ」
が5月29日に出版された。
生まれたてホヤホヤのこの本を携えて
著者の山下直子さんが緊急来日。
6月3日(土)に八重洲ブックセンターで
行われたイベントには大勢の参加者が・・・。

直子ちゃんは相変わらず縦板に水の如くの
語りっぷり。
きっと伝えたいことがいっぱい有るんだろうなぁ、
と思わされる盛り沢山なトークショーだった。
豊富な知識と経験に基づく堂々とした本物感は
充実感と混ざり合い、眩しいほどであった。
知り合いであることが誇らしくて私は鼻高々。

その嬉しい気持ちは翌日にも。
共通の友人たちと一緒に祝う出版記念パーティ。
このめでたいことを祝おうと遠方からもたくさんの
友達が参加して、ご無沙汰している方々との
会話が楽しく嬉しくて。
みんな直子ちゃんへの誇らしさを胸に
晴れやかな顔をしていたのが印象的だった。

本もガイドブックとなっているけれど
文章もエピソードも面白く、
読みものとしても楽しめること請け合い。
また、著者本人が撮影したという数々の
美しい写真を見ているだけでも
日常を離れることができるだろう。

ここまで詳しいアイルランドのガイドブックは
なかなか無いので、興味のある方、
アイルランドへ行きたいと思っている方、
是非手に取って読んでみてください。


アマゾン
イカロス出版オンライン


著者 山下直子さんのブログ
ナオコガイドのアイルランド日記



この記事のみを表示するミイチ珈琲店

日記

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すさまじくピンボケしているがヒメシャラの木。
今日は友人と練馬散策。
コーヒーが美味しいおしゃれカフェを見つけた。
その軒先にこのお花。
店長さんが一目惚れして植えたと言っていた。

ヒメシャラと聞いて思い出すのは
箱根のポーラ美術館。
あそこの遊歩道には「ヒメシャラの森」と
書いてあったはずだ。
こんな可愛いお花が咲くのなら、
今頃の季節はさぞかし素敵な景色に
なるに違いない。

そして帰り道を歩いていると、何だかとても
いい匂いが鼻腔をくすぐる。
「いい匂い!何かしら。」
と見まわすと、目の前に泰山木の大木。
大輪のマグノリアが沢山咲いていたのだった。



この記事のみを表示する赤毛のアン

映画




映画 『
赤毛のアン』 の感想。

原作を読み込んでいる者としては
違和感しか無い。
キャラクター、脚本、ストーリー、
全てにつっこみどころが満載である。

けれど、原作をいったん全部忘れて
この映画を観た場合、私は役者の
魅力に魅せられた。
特にマリラとマシュウの兄妹の絆を
感じさせる演技には引き込まれた。
隣に座っていた人は号泣していたし、
映像も美しい。
素直に見ることができたなら、
単純にいい映画なのかも。

しかし、これだけは言っておかねばならない。
これほど存在感の無いギルバートには
夢を抱けない・・・(以下自粛)。




この記事のみを表示するゴッドハンド先生

日記

デトックスしたことで内側のベースを作った私は、
それでも改善できなかったところについて、
今度は外側からアプローチしてみることにした。

まずは自律神経のバランスが整わない限り
いつまでたってもリラックスできないし、
眠れないし、痩せない。
諸悪の根源はココだとばかり、調べたり人に
話を聞いたりして、呼吸がちゃんと出来ていない
ことをつきとめる。

深い呼吸・・・出来ていそうで全く出来ていない
自覚あり。
そこで呼吸法を学びたいとさらにリサーチを
続けて見つけたのが、ボディリメイクというもの。
バレエの先生のメソッドで、その中に呼吸法という
項目があり
「これだ!」
と直感した。

ボディリメイクの初日。
まずはゴッドハンドのところへ行くようにと
指示があり横浜へ。
ゴッドハンド先生は私の体にササササと
触れると
「骨格歪んでますねぇ、それに関節が
ひどく傷んでいます。
ココもココもココもココも・・・」
永遠に続くと思われる
「ココも」。
頭の先から足の爪先まで、つまり全部?
というぐらい羅列されてしまう。

先生の仰る”傷んでいる”という表現は
歪みのせいで本来の働きが機能しなくなっている
状態のこと。
しかし私自身は自覚が無いので何とも・・・。

「けれど今日治しますので安心してください」

え?
今日で治ってしまうの??
先生はまた私の体にササササと触れて
たまにユサユサ揺らして5分ほどで

「はい、立ってみてください。」

この時の衝撃が忘れられない。
しばらく言葉が出て来なかったものね。
私は今まで立ったり座ったりするときには
おなかに力を入れていないと普通の姿勢が
取れなかったのだが、全くどこにも力を入れずに
立つことが出来るこの感覚は衝撃だった。
バレエのレッスンの時も、普通に生活していても、
力を抜く、がどうしても出来なかったのだが、
これが本当に力が抜けた状態なんだ・・・。
もう呆然としてしまった。
なんて楽ちんなんだろう。
子供の頃はそんなことなかったはずだが、
いつから力を入れないと立てないように
なっていたのだろう?

そして、ぽっこりしていた下腹がほとんど
無くなって引っ込んでいることにもビックリ。
あのぉ、ここにあったお肉は一体どこへ?
つまり前方へ歪んでいた背骨を
あるべき位置に戻したので、腸もあるべき
ところへ戻っただけだと。
ひぇ~、そういうことなのか。

ゴッドハンド先生曰く、私の骨格は全体的に
非常に歪んでいて、歪んだまま正しい姿勢を
とろうとすることで、私の中にある
なけなしの筋肉が力づくで踏ん張り、
気を抜けば一気に崩れてしまうので
一瞬も気が許すことができないという
状態を作り出していたのだとか。
骨格が歪んでいるため、呼吸を入れる場所も
狭くなり、必然的に深く息をすることが
出来なくなっている。
歪んだ骨が内蔵を圧迫し、あるべき形を
保てなくしているわけだ。
そんな状態を知らないうちに何年も
続けていれば、副交感神経が常に
高ぶっている状態が続くため、
不眠になるのもリラックスできないのも
当然だったのである。

これを聞いたら、何年もの間必死に
骨を支えてくれていた私の筋肉が健気で
愛しくて、なんだか泣きたいような
気持ちになってしまった。

便秘になるのも腸が歪んだ骨格のせいで
正常に働かなくなっていたから。
事実、その日から拝みたくなるような
見事なものが毎日排泄されるようになった。
驚き、桃の木、さんしょの木。

そして首の歪みはスマホの影響大。
そう言えば、不眠になり始めたのも
時期を考えると、ここ数年いろいろ
有ったせいだ思っていたけれど、
もしかしてスマホを使い始めたから?
と思い当たる。
首が前傾することで知らず知らず呼吸も
浅くなるのかも。
背骨と首の歪み、両方が引き起こしていた
不調だったのか。

「本当ならもっと痛みや不具合が出ても
おかしくないぐらいの体でしたよ。
今、来られて本当に良かった。
このまま放っておいたら50歳過ぎたら
大変なことになっていましたね。」
と言われてゾッとした。

その日から好転反応が出て
しばらくはあちこち痛い日々。
今までは本当はこれ以上の
痛みがあったはずだけれど
単にマヒしていただけ。
今は正常な位置に骨があるので、
無理な体勢をすると、あって当然の
痛みを感じるようになっただけのこと。
これは結構痛かった。

一週間後、再びゴッドハンド先生に
見てもらう。
治した骨格をきちんと保っているか、
今まで使っていた癖が悪い影響を
及ぼしていないかを確認するためである。
そして、
「良いですよ。大丈夫ですね。
不具合が出たらまた来てください。」
あれ?もう来なくていいんだ。
2回の施術でほぼ完治。
ホントにスゴイ。

そして、ボディリメイク継続中。
さらに体を健全な状態へ。
実験はつづくので、
3ヶ月ぐらいしたら経過(結果)報告
する予定です。


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この記事のみを表示する19世紀パリ時間旅行 ― 失われた街を求めて―

アート

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練馬美術館で開催中の展覧会
「19世紀パリ時間旅行」を観に行った。

残念ながら私はパリへ行ったことが無い。
パリを描いた細かな版画や絵画が
沢山展示されている。
見応え十分。
パリに詳しい人なら
もっと楽しめるに違いない。

ほかに、富嶽三十六景を真似て
パリを描いた版画も良かった。
富士山をエッフェル塔に見たてており、
分かりやすくて面白い。

そして最後の展示室には
「レ・ミゼラブル」の挿絵が
展示されており、これもなかなか
興味深いものだった。

洒落ていて、エレガント。
古き良きフランスの香りが漂っていた。




この記事のみを表示するデトックスのこと ⑥

日記

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回復期間に入ると
食べることの有り難さを
しみじみと実感。

最初に味わったものは具無しのおみそしる。
一ヶ月ぶりに食べた固形物は苺であった。
味覚が喜ぶ。
嬉しいねぇ。

一ヶ月半のデトックス期間だけでは
解決しなかったことも沢山ある。
というか、最初に掲げた目標については
ほとんど解決には至らなかったと言って良い。

・ 自律神経のバランスを整える。
・ 腸内環境を整える。
・ 不眠解消。
・ ダイエット。

なぜなら、まだ全然経過途中なのだ。
心のデトックスも含め何もかもがね。
だから、デトックス中に気付いた
大切なことを最大限に生かしながら
今後を過ごす。
これが何より肝心なこと。

私が掲げていた目標の4つは
全て連動しているものだ。
一つが治れば、他の3つはおのずと
理想に近づくと考えられる。
私の中で頑固にくすぶっているものが
抜けていけば、一気に解決できるはず。

終了時に感じていたことは、
「自分のことを向き合うことに疲れた、
しばらく休みたい。」
ということだった。
なんとも煮え切らない感想だけれど、
本当のことだ。
そして考えること自体がとても面倒に
なっていたので、ただ感じることが
心地良くできるようになっていた。
自分と向き合っているときは、
やんややんやとうるさかった
頭の中に静けさが戻ってくると、
心も自然と落ち着いてきたのだった。

そしてこんな風にも思っていた。
デトックスを始める前、
終わる頃にはまるで別人に
生まれ変わったようになるのだ
というイメージを抱いていた。
けれど、私は私のままだった。
以前より自分がどういう人間なのかを
少しだけ理解し、大切に思っている
私がいるだけだった。
私が私で良かった。
ただそれが嬉しいな、と。


(デトックスに関してはこれでおしまい。
しかし、体質改善シリーズはまだ続きます。
第二章、これがまたスゴイ展開に・・・!)